どんなに婚約式という現実にショックを受けようと、二人が婚約してしまおうと、彼等がこの世界で生きている。

明るい未来で二人が生きていくという確かな未来があるなら、俺はそっちに手を伸ばしたい。

俺と鈴理先輩じゃ無理だったんだ、最初から。さいしょから。
 

「どんなに…、努力してもっ、気持ちがあっても、想いがあっても」


届かないこと、やっぱりあるんっすね。
 
とめどなくなく流れる雫と漏れる嗚咽を噛み締めていると、「自分を卑下しなくていいよ」君はとても努力したよ、御堂先輩が再び抱擁をしてくる。

抵抗とか、おどけとか、そういう考えは俺の頭から飛んでしまっていた。
 
しゃくり上げる俺に、「君は充分傷付いた」今度は自分を労わる番だと彼女が顔を覗きんで微笑んでくれる。


「先輩っ…、すみません…、すこし、だけ」


誰かのぬくもりがないと、俺自身もう立っていることすら儘ならなかった。


それだけ俺は今回のことにショックを覚え、それを上回る虚勢を張っていた。

彼女のお父さんの前だって、彼女の前だって、虚勢を張ってみせたけれど、弱い自分が曝け出された今、もう意地を張る余力がない。


相手の学ランを握り締めると、一層抱擁が強くなった。

肩口に顔を埋めると、頭を掻き抱かれた。

嗚咽が止まらなくなると、何度も名前を紡がれた。


そして彼女は告げてくる。
 

「もういいんだ、豊福。君のしたことは誰も咎めない。我慢しなくていい。辛いなら、辛くなくなるまで絶対に放してやらないから。こんな君を一人になんてしてやらない」


かつて鈴理先輩が言ってくれた台詞を、御堂先輩が上塗り。


俺は痛い胸の疼きが渇望に変貌する。

やっぱり俺は鈴理先輩が好きだ、大好きだ。別れたくない、別れたくなかった。

こんな終わり方、俺だって望んでいなかった。


零す感情に相槌を打ってくれる御堂先輩は優しかった。本当に優しかった。


その気持ちに甘えて俺は今、できるだけ弱音を吐いておくとにする。


次、先輩と会う時、ぼろが出ないように。

俺はきっと初めてにして、とても素敵な恋をしていた。


あの日々は絶対に忘れない。

これから先、鈴理先輩との関係が変わっても、絶対に忘れない。