―――…鈴理が控え室に戻っていると、向こうの廊下の壁に背を預けて腕を組んでいる幼馴染を見つけた。
「玲?」眉根をつり上げる鈴理に、「君は馬鹿だな」やっぱり守られているではないか。王子失格だと鼻を鳴らす。
どうやら盗み聞きをしていたらしい。
大層な趣味だと舌を鳴らす鈴理の怒りはまだ冷めてはいなかった。
寧ろ彼女の盗聴により、怒りがまたぐつぐつと煮えたぎる。
涼しい顔で怒りをスルーする玲は、「もう豊福はフリーだろ?」なら遠慮せず僕が貰うから、と壁から背を離し、鈴理と向かい合う。
勝手にしろと言いたいが言えない自分に腹立たしかった。
まだ心のどこかで相手を想う自分がいるのだ。傍にいたい、その努力を頭から否定されたというのに。
さっさとこの場から去ろうと玲の脇をすり抜ける。
刹那、「豊福の何を見ていたんだ」どうしてあいつの心に気付いてやらないんだ、玲が吐き捨てるように呻いた。
「豊福が何も思わず、君に別れ話を持ちかけたとでも思っているのか? あんな顔をしていたのにっ、なんで気付いてやらないんだ。平然としていたが内心はぼろぼろだったぞ。あいつは」
つい足を止めてしまう。
「豊福は見ていたんだ」
先日、君達がバス停付近で慰めあっていたところを。
その時僕もいた。
あいつは自分がいたら邪魔だからって隠れてしまったが、本当は君達の事情を聞きたかったに違いない。
けど聞けなかったんだ。自分は部外者だからって。
そんなわけないのにっ、豊福だって当事者だ。この問題の当事者だ。
関係ないなんて思うなよ、鈴理。
君達が努力していたように、豊福は豊福なりに君達を気遣い、自分の不安を気付かれないよう努力をしていたんだ。
婚約式に招かれた時、あいつは孤独だったんじゃないか?
自分でもどうすればいいか分からないくらい、本当は孤独だったんじゃないか?
あいつはひとりで君の親にも会ったそうじゃないか。
孤独どころじゃない。それは恐怖にも似ている。
僕なら怖いね。怖くて死にそうだ!
何を言われるか分からないじゃないか。
それなのに豊福はひとりで会いに行った。誰にも相談できず。君に相談したかったかもしれない。
だができなかった。
君をもっと不安にするだけだから。苦しませるだけだから。
「豊福はな。心の奥底でいつも恐怖していたんだ。
自分は財力も容姿も誇れるものもない。挙句、許婚がいる。自分の存在は君の将来にとってとても邪魔なのではないか? と。
あいつは言っていたぞ。
“また誰かの人生を奪うようなことだけはしたくない”と」
頭から冷や水を浴びたような気分に陥る。
瞠目する鈴理はその瞬間、気付いてしまった。
かつて目前で親を失い、その事故の原因を自分のせいだと今も思い込み、“実親”の人生を奪ったと自責している彼。
彼は自分の気持ちのせいで彼女の人生を奪ってしまうのではないかと、許婚がいる彼女の人生を奪ってしまうのではないかと、恐怖していたのだ。



