僕は常々思っていたんだ。
庶民と付き合うなら、せめて許婚の件は白紙にしておくべきだったと。
仮に鈴理が豊福と別れ、別の庶民の男を好いたとしても許婚の翳(かげ)は纏わりついてくる。
大雅だって同様だ。女と付き合う際、必ず許婚の翳が落とされる。許婚がいると知ったら付き合った相手は不安になるだろう。
誰だってそうだ。
将来を約束した相手がいるなんて、僕だって不安に駆られる。
鈴理と大雅にその気が無かったのなら、早め早めに許婚を白紙にしておくべきだった。結局のところ結婚するのは本人同士なんだ。
周囲がどう言っても、結ばれるのは当事者。
周りじゃない。
許婚の件を曖昧にし、なあなあにしておくと、こういう問題が必ず生じてくると思っていたんだ。
「僕の好敵手なら、今回のような事態はすぐに跳ね除けると思っていたんだが…、過大評価していたようだ」
「仕方がありませんわ。鈴理さんや大雅さんにも立場がございますから。
けれど玲さんの言うとおり、空さんが許婚のことを気にしていてもおかしくありませんわね。わたくしだってきっと」
意味深に苦笑する百合子に玲は目を細め、カップに口をつけた。
こうしてラウンジで一息つき、時間を潰していると程なくして鈴理の姉妹に声を掛けられた。
ドレスアップされた姉妹達はあいさつ回りをしているらしく、簡単な言葉を掛けてくれる。
会釈で受け流した二人は姉妹達の表情の浮かなさに着目した。彼女たちを通して三女の様子が窺えるのである。
「多分、荒れているんでしょうね。鈴理さん。ご姉妹にも空さんのことを話していたそうですし、彼女達は応援していた側だったそうですから」
切なげに姉妹達を見送る百合子は、珈琲を飲んでしまうとそろそろ会場に行かなければいけない時間だと腰を上げる。
玲に行きましょう、と声を掛けて会場へ。
会場前に戻ると、エントラス前で挨拶している噂の美男美女カップルを見つけた。
パーティーに赴いた客人には愛想笑いで応対している。花束を貰えばそれに礼を告げていた。
ゆえに彼等の両手には花で埋め尽くされている。
が、自分達が姿を現すと素の表情を見せた。鈴理は大層不機嫌になり、大雅ゲンナリとしてまーじありえねぇと愚痴を零す。
両者随分とめかし込まれていた。
大雅はダークスーツを、鈴理はシルクと花柄のドレスワンピースを身に纏っている。
「可愛いじゃないか」
皮肉交じりに玲が挨拶すれば、「煩い」あたしは機嫌が悪いんだ、と鈴理が食い下がった。
本当に機嫌が悪いらしい。折角のメイクが機嫌によって崩れそうである。



