えぇええ、此処で口説かれてもっ…、しかもゼンッゼン嬉しくないという。
「初めて言われましたよ」
お客様はお口がお上手ですね。
俺は愛想良く返し、ではごゆっくりと会釈してエスケープ。
が、左手首を掴まれて逃げることが敵わなくなった。
ちょ、俺、バイト中なんですって御堂先輩。
焦る俺の手に御堂先輩が紙切れを持たせてきた。
同時に手首を解放してくれる。俺は二度会釈して厨房に戻った。
そして早速紙切れを拝見。
それはルーズリーフの千切って走り書きされた一言メモ。
“待っているから”
……、これってあれっすか。
俺があがるまで待ってくれているって意味っすか?
ですよねぇ。
それ以外、意味が取れませんもん。
やってしまった。俺は額に手を当てて、小さな溜息をついた。
これはもう逃げられないようだ。いやプリンセスからは逃げられないって分かっていましたけどね。
情報網の広さは脅威っすもん。
はぁあ、何事もないといいけど。
涙を呑む俺の様子を見た鈴木さんが勘違いしたのか、「ごめんねごめんね」僕の代わりをさせたばっかりに、と謝ってきてくれた。
いえいえ。
これは鈴木さんのせいじゃなく、俺の天命っぽいっす。攻め女難が俺に試練をお与えになったんっすよ。多分。
何はともあれ、御堂先輩にバイト先をばれてしまった以上、腹を括るしかない。
気を抜くと他の業務を失敗しそうだから、気合を入れて仕事に専念した。
ちょいちょい視線を感じたけど、土曜の昼下がりは忙しい。
学生さんやお買い物帰りのお姉さま方、奥様方が足を休めようと喫茶店に赴くんだ。
そうでなくても普通に茶菓子も売っている店だから、カウンターに回らないといけない。
販売エリアと飲食エリアを行き交いしている内に、俺は一時の間御堂先輩のことを念頭から消してしまった。忙しいと誰でもこうなっちゃうよな。



