反対に彼に守られていると思った時はいつだったか。
 

思い当たる節は幾つもあるが、特に挙げられるとしたら“誘拐事件”での一件だろう。

あの時の彼は自分の意見など総無視して、勝手に身を挺して守り側に立った。


どんなに受け身でも自分は男、何かあったら一時でいい、男のポジションを譲れと口ずさんで自分を守ったのだ。


護身術など身に付けていない庶民くんだというのに誘拐犯に果敢に立ち向かい、高所恐怖症だというのに自分と崖から落ちた。


挙句、誘拐犯に発砲され負傷するという災難が降りかかった。

踏んだり蹴ったりはっ倒されたりである。


それでも彼は自分の身を案じてくれていた。


女の子は傷を作ってはいけない、その男ならではの気遣いを垣間見せてくれていたのだ。


どんなに攻め女でも女は女、受け男でも男は男、その精神は深く彼の中に根付いている。

普段のリード権は譲ってくれていても、そういった男としての自尊心は譲ってくれない。物腰が柔らかいようで、彼は意外と頑固だ。
 

守られたことに強い悔しさを抱いたのは、誘拐犯からの逃走劇最中ではなく、劇が幕を閉じ、彼が救急車で運ばれる時のこと。


ストレッチャーで運ばれていた彼の様子が一変したと許婚から報告を受け、家族の前で泣き崩れていた自分は大慌てで救急車に流し目。

彼の家族が救急車に乗り込む光景を目の当たりにし、閉じられた扉の音と鳴り響き始めたサイレンが耳に介して大脳へ。
 

思った以上に重体だったのだと状況を把握した自分は泣くことさえ忘れて、許婚に詰め寄った。彼は大丈夫なのかと。

「出血はなんとかな」けど頭部の強打が災いしてるみてぇ…、言葉を濁す許婚は正直に教えてくれる。

よって混乱と不安を招いたが、表に出さず、すぐに病院に行くと言い張った。
 

そして気持ちを酌んでくれた家族と共に車に乗り込んだ際、「落ちた時に」あたしを庇ったから…、こんなことになってしまったのだと許婚に吐露。

自分を庇わず、そのまま落ちていれば衝撃も少なかったに違いない。

許婚に告げると、間を置いて返事をくれた。