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「おはようございます…」

 声に――反射的に目が開いた。

 自分でも、信じられない覚醒具合だ。

 はっと頭をもたげると、ベッドに寝ているのは自分だけ。

 このだだっぴろい空間に、彼一人がバカみたいに眠っていたのである。

 慌てて部屋の電気をつける。手探りでリモコンを見つけだして。

 まだ、冬の朝は薄暗いのだ。

 ベッドのそばにメイが立っている。

 その明るさに、ちょっと戸惑ったような表情を浮かべたのは最初だけで、すぐににこっと笑いかけてくれるのだ。

 まるで、何もかもが普通の朝のように思えた。

 あぁ?

 錯覚してしまいそうだった。

 いままでの出来事が、全部夢だったような気がするのだ。

 昨日の出来事も、その前日の出来事も。
 いや、もっと昔までさかのぼったような気がする。

 まだ、彼らは思いを交わしていなくて。

 彼女が出ていく前の状態なのでは、と思ったら、すごくイヤな気分になった。

 もう、絶対そんなハズはないのだと、自分に言い聞かせる。

 なのに、その自分の意識の奥底が、ずっと疑っているのだ。

「今日は、油揚げとタマネギのおみそ汁ですよ」

 下にいますね。

 本当は。

 抱きしめさえすれば、その意識の奥底とやらを追い払えるのである。

 そんなことは、最初から分かっていた。

 しかし、分かっていないメイは、笑顔でそれだけを言い終わると、部屋を出て行ってしまったのである。

 ちょっと彼が呆然としている間に。

 非常に腹立たしい事態だった。

 おかげで。

 彼は、当社比1.5倍の速度で支度を済ませて、階段を駆け下りたのだった。