◎163
「まったくあいつは…」

 こんなに、ソウマが怒っているのを見るのは珍しい。

 病院の受付で、病室を聞いて向かっている途中―― おかげで、ハルコの方がすっかり落ちついてしまったくらいだ。

 他の人が先にパニックになると、つい踏みとどまってしまうのである。

 この間は、先にハルコがパニックになり、ソウマになだめられた。

 今回の役割は、どうやら逆のようである。

「まあ、大事には至らなかったんだし…」

 よかったじゃない。

 フォローのつもりで、ハルコは口にした。

 しかし、夫は彼女の方を向き直るや。

「この豊かな現代で、『栄養失調』だぞ! 栄養失調! そんな信じられない病名で、救急車でかつぎ込まれたのは、あいつか、ダイエット失敗者くらいだ」

 とまあ、この剣幕なワケで。

 表現はいささかオーバーにしても、ソウマが言いたいことはよく分かる。

 カイトは、本当に彼女が出ていってから、ロクな食生活を送っていなかったのだ。

 食以外の部分も、かなり荒れた状態だっただろう。

 電話をもらったのは今朝だった。

 シュウからで、昨夜、会社でカイトが倒れて病院にかつぎ込まれたという―― そんな『報告』だった。

『別に、命に別状はありません…病名? いえ、過労ではなく…栄養失調です。病院で点滴さえ受ければ元に戻るでしょう』

 それが、シュウの返事だった。

 人間を、車か何かと勘違いしているのだろうか。

 ガソリンさえ入れればまた走ります、と言わんばかりだ。

 そういうつもりではないのだろうが、彼の表現は、いつもちょっと問題がある。

「絶対に、退院させんぞ」

 ソウマは廊下を歩きながら、忌々しい口でそう言った。

「幸い、会社は休みだ。年末年始に、急用なんてないだろう…このまま、病院に突っ込んでおくからな」

 絶対に、一歩も譲らない。

 ソウマは頑とした声でそう続けた。

 彼女も、その方がいいと思った。