「先生……知っていたの?」
「あたりまえじゃない。ねぇ? 先生」
僕は無言で、小さく頷くことしかできなかった。
ヴェラの悲しげな瞳が胸に突き刺さる。
「……ヴェラ。パリ音楽院だけがすべてじゃない。君はすばらしい才能を持っているから、どこの音楽学校を出ようと一流のピアニストになれる」
慰めなんかじゃなく、それは僕の心からの本音だった。
しかし、それはヴェラの耳には届かない。
彼女は呆然とした表情のまま、ただ僕の顔を見据えているだけだ。
「ねぇ、ヴェラ。もう暖まったでしょう? わたし、レッスンの続きがあるから帰ってくれる?」
マティルダがヴェラの肩に手を置き、ヴェラが「触らないでよ」と払った瞬間。
目の前の光景が、あっという間に修羅場と化した。


