マティルダの言うとおり、パリ音楽院は受験さえもできない現実をヴェラに教えなければならない。
音楽学校なんか、別にパリ音楽院じゃなくたっていくらでもある。
“ハンマークラヴィーア”第4楽章を熱心に練習するヴェラ。
彼女に現実を教えようとした矢先、悲劇が起きた。
その日、僕はヴェラのレッスンを終えたあとマティルダの家に向かい、彼女にピアノを教えていた。
玄関の呼び鈴が鳴り、ほんの少ししてからピアノのある客間にやって来たのはヴェラだった。
「……ヴェラ?」
「先生、忘れ物したでしょう?」
言って、ヴェラは僕の万年筆を差し出した。
「あぁ、忘れていた。ありがとう」
礼を言うと、ヴェラは照れくさそうに小さく笑った。


