厳しく言い直させるが、ヴェラはあたりを見渡してイタズラっぽく笑った。
「いいじゃない、お父さんもお母さんもいないんだから。ね? ジェルジュ」
「……“先生”」
しつこく言う僕に、ヴェラはあっという間に不機嫌になり、唇を尖らせた。
僕のことを、ずっと昔のように“タスク”と名前で呼べないのなら。
いまの“ジェルジュ”という名前で呼んでほしい。
ほんとうはそう願っているものの、いかんせんピアノ教師と教え子の関係だ。
以前、ヴェラがふざけて「ジェルジュ」と呼んだのを聞いた母親が、こっぴどく彼女を叱り飛ばしたことがあった。
反抗期のヴェラは懲りずにまた「ジェルジュ」と呼んだのだが、次は口だけでは済まず、ほっぺたを思い切り叩かれてしまった。


