「信じない!!」

叫ぶと、脈絡のない激昂に、
もう一人の私と、シンが驚いて、
また手を取り合った。

「ゆうこ、さん・・・」

もう一人の私が、声を掛けて来た。
貴方もゆうこでしょ・・・。金城夕子。
もっと早く気づけたはず、
私は私のことを、私だけじゃ思い出せない。
夕子が近寄って来るにつれ、
私は私のことを、どんどん思い出した。

数学の成績が悪いこと、
世界史が好きなこと、
英語が苦手なこと、
進学校に通っていること。
行きたい大学選びが、かったるいこと。
兄が居て、父が居て、母が居ること。

今年の春に、中学から付き合っていた彼氏と別れてから、
しばらく恋をしていなかったこと。

誰かを好きになりたいなぁ、なんて思いながら、
芸能人に憧れたり、友達と冗談を言い合って、
来年来る受験に怯えながら、
楽しめる高校の夏は今。なんて。

今、何か体験しておかなくちゃ。
一生の思い出になるような何かを、
体験しておかなくちゃ、なんて。


考えていた日常のこと。



「帰りたいよ・・・」

生霊の私には、もう二度と、
体験できない日常のこと。

「帰りたい」

さっきまで、帰れるか帰れないかなんて、
どうでも良いと思っていた。
それなのに、思い出が押し寄せた途端、
振り払ったはずの、執着が戻って来た。