彼に近づくと、
溶ける間際のチョコレートのような、
香ばしく甘い、
誘惑の薫りがして、
思わず顔を上げる。
彼の背は私より15、6cm高かった。
真っ黒の髪は、少し癖を持って跳ねていた。
二重の優しげな目に、鼻筋が通っている、
所謂、
美しい顔の持ち主。眩しい。
少し首を傾げ、癒しの笑みを披露してから、
「迎えに来たよ」
なんて、涼しい声で言って、
彼は、
私を自宅から攫った。
*
「名前、聞いてもいい?」
空は夏色で、落ちるように深い青。
聞くと彼は神妙に、頷いた。
「高坂、」
「高坂・・・」
「高坂シンと申します、
よろしくね」
「・・・、
高坂君さぁ」
「シン」
「シンはさぁ、
何?」
問いかけて顔を見た。
見なければ良かった。
涼しげで怪しげな、イケメンの微笑みは凶器だ。
その顔が「今は教えない」、と言って来たら、
「わかった、今は聞かない」と応えるしかない。
恐ろしい凶器で脅されて、私は言葉を失った。
同じ制服に安心して、うっかり攫われてみたけど。
この道は学校への道じゃないぞ?
*