「つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ」と背後から声がした。

ドキリとして、思わず振り向く。

誰の声かわかっていた。

わかっていただけに、余計にドキッとする。


「何だよ、亮二」

「キャプテンでもないのに、でしゃばってくんなよ」

そんな言葉に眉一つ動かすことなく、「亮二」と呼ばれた男子は無言で彼らに近付き、言った。

「どけよ」

「あ?なんだと?」

生意気そうな顔で、顎を上げながらその男子は彼に詰め寄った。

しかし、その「亮二」は竹刀と防具を肩から担いだまま、決して視線をそらすことはなかった。

博子はオロオロと両者を交互に見ることしかできない。


「どけっつってんだよ。
おまえが今蹴り倒した自転車、俺のなんだよ。そこにいると、出せねぇだろうが」

「……」

意外な言葉に、彼らは拍子抜けしたように2、3歩あとに引いた。

「…ったく、壊したら弁償してもらうからな」

舌打ちをしながら、「亮二」はドスンと防具を下ろした。

博子は彼の横顔を盗み見るも、相変わらず素晴らしいほどの「無表情」だ。

まるで鉄の仮面をつけたような冷たく、そしてどこかしら寂しい横顔。


彼は何事もなかったかのように自転車を起こすと、荷台に剣道の防具を縛り付けはじめる。

そんな「亮二」の様子に気を取られていた博子が気に入らなかったのか、

「おい!話はまだ終わってないだろ」
と苛立った声がする。

彼女はしぶしぶまた彼らの前に立った。

面倒臭そうにしているこの顔を見られてはますます嫌味が続く、そう思って彼女がうつむいた矢先だった。

「まだ、グダグダ言ってんのかよ。
打ち合って外れることなんて、お互いさまだろうが。いつまでもしつこいやつらだな。痛くて嫌なら、さっさと剣道なんてやめちまえよ」

手を動かしながら、まるで独り言のように「亮二」は言った。