はぐれ雲。

「あ!」

手から滑り落ちたカップは、シンクの中で見事に真っ二つに割れた。

「怪我はない?」
達也がのぞきこむ。

「うん、大丈夫よ。ありがとう。でもお気に入りだったのに、このカップ」

残念そうに破片を拾い集める博子に、達也は言った。

「じゃあ、このカツサンド食べたら買いに行こう、新しいの」

「いいのよ、代わりのがあるから。達也さんは疲れてるんだから、少し眠って、ね?」

「大丈夫だよ。せっかくこんないい天気なんだから、出かけないと、もったいない気がする」

彼は窓の外を眺めた。

「知らないわよ、途中で眠たくなっても」と、彼女も意地悪な笑みを彼に向ける。

その時、達也の携帯が鳴った。

彼は申し訳なさそうに博子を見ると、携帯を手に取る。

「いいのよ、気にしないで」


「はい、加瀬です。はい…え!」
案の定、桜井からの呼び出しだった。

達也は一瞬博子に目をやり、ダイニングから出て行った。
仕事の話はできるだけ聞かないようにしていた彼女だが、なぜか彼の声が今日はいつもより深刻そうで、少し不安になる。

博子はカツサンドを乗せた皿を下げ、ラップに包んだ。

電話を終えた達也が、慌てて着替えを始める。

「ごめん、博子。事件なんだ」

「いいのよ、仕方ないじゃない。はい、これ」

そう言って、先ほどのカツサンドの包みを渡した。

「タクシーの中で食べて」

それを受け取った達也はネクタイを締める手を止めると、突然博子を抱きしめた。

「達也さん?」

胸の中から彼を見上げる。

きっとまた仕事に出て行くことを気にしてるんだ、と彼女は思った。

「気にしないで。私、待ってるから」

彼女は仕事に出かけようとする夫の胸に顔をうずめると、そっと広い背中に手をまわした。

「博子、今夜は実家に帰るといい。俺からお義母さんに連絡しておくから」

そんな夫の言葉に、彼女は噴き出した。