はぐれ雲。

どれくらい二人はそうやっていただろう。

玄関のチャイムが鳴る。

それが合図であるかのように、二人は見つめ合ったままゆっくりと離れた。

『…亮二さん、そろそろお時間です』

インターホン越しに、直人が押し殺した声でそう告げる。

まさに別れの時だった。

「博子」

亮二の指が、そっと博子の唇に触れる。

「幸せにな」

そう言うと、彼は博子の涙で冷たくなった頬に、静かに唇を寄せた。


あたたかい口づけだった。

おまえのそばにいたかった。

おまえを守りたかった。

おまえと笑っていたかった。

おまえに一度でいいから、

愛してる、そう言いたかった。

唇を通して、彼の心がそう言っていた。


今まで抑えられてきた彼のそんな思いが全て詰まったような、切なくて哀しい口づけ。


その瞬間、色褪せていた想い出が息を吹き返したかのように鮮明な色を放ち、風のように二人の間を音もなく通り過ぎていった。