はぐれ雲。

「博…子…」

彼女の頬に、亮二はためらいがちに小刻みに震える手を伸ばした。

しかし、何を思ったのか、硬く目を閉じてすぐにその手を引く。

「新明くん!」

咄嗟に博子は彼のそんな手を両手で包み込んだ。

そして、ゆっくりと、自分の頬に押し当てる。

大きくて、冷たい手だった。

「こんなに冷たかったのね、あなたの手。今日まで知らなかった。どうしてかな、どうして今まで…」

<私たち、あんなにずっと一緒だったのに、手さえつないだことなくて…今になってやっと、こうやってあなたに触れることができるなんて>

そう思うと、我慢していた涙が一粒、こぼれ落ちてしまった。

この手のアザ、ずっと覚えてた。蝶の形をしたこのアザ。

<これは、あなたがあなたであることの印なのよ>

その涙を見た亮二は、苦しそうに顔を歪めた。

「あの日、おまえに何も言わずにいなくなって…」
一瞬声が詰まる。

「すまなかった」

「そうよ!どれだけ私が…!」

声を張り上げた瞬間、

「博子!」

亮二が博子を抱き寄せた。


強く強く、抱きしめる。

そして堰を切ったように、博子の目から涙がこぼれ落ち、彼のシャツを濡らした。

「もっと早くこうしたかった。もっと早くこうするべきだった…!」

亮二の声が震えていた。

後悔に打ちひしがれたような切ない声…


その想いを受け止めるように、博子も彼の背中に手を回し強く抱きしめた。


「おまえを忘れたことなんてなかった」


<私もよ、新明くん。私もずっとあなたを想ってた>


「俺には、おまえしかいなかった」

もう充分だ。
その言葉だけで、後悔だらけで辛かった想い出が、懐かしさに変わるはず。

そして、明日から前を向いて生きていける。

「おまえを…」

亮二はそこまで言って、次の言葉をためらうかのように唇を噛み締めた。