はぐれ雲。

「後悔した。気が狂いそうなほど後悔した。
それからの俺はがむしゃらだった、その女を忘れるためにな。
その一心で無茶をして、刑務所に3回入った。
死ぬのさえ怖いと思わなかったな、あの頃は。
だが、刑務所を出た時にふとヤクザをやめたいって思ったことがある。でもカタギに戻ったところで前科があって、その上小指のないやつがその世界で生きていけると思うか?
一度ヤクザになったら、一生ヤクザじゃなきゃ生きていけない。途方に暮れていたそんな時、先代の総長が俺を拾ってくれた。
…これが運、なんだろうよ」

そこまで言うと、彼はゆっくりと立ち上がり、窓際へと進んだ。

「おまえを見てると、昔の自分を見ているみたいでイライラする。不思議なもんで、自分と同じ匂いがするやつはすぐにわかる。これも何かの縁だろう」

杖が床をコツコツと打った。

「おまえにチャンスをやる」

「え?」

突然の言葉に返事のしようもない。

背を向けたまま、神園は続ける。

「俺は、おまえが上に立てる男だと見込んで言っている。おまえを近い将来、組のトップにしてやる、その手伝いをしてやろう、そう言ってるんだ。ただし、今以上に組に尽くし俺に尽くせ。それなりの働きをしなければ、おまえは一瞬にしてアウトだ」

腹の底から湧きあがってくるような、重苦しい声だった。

「どうだ、トップになりたくないか」

「トップ、に…」

圭条会の総長。

考えた事もない、そう言えば嘘になる。

亮二の視線が珍しく泳ぐ。

「失敗は許されない。
それでも望むなら、全ての未練を断ち切って俺のところに来い」

「未練など…」

そこまで言って、頭をよぎるものがあった。

「あるみたいだな」

振り返った神園の口元が緩んでいた。

「おまえが惚れた女だ、よっぽどいい女なんだろうな」

「いえ」

亮二は唇を一度噛み締めるとはっきりと言った。

「どこにでもいるような、普通の女です」


二人の視線がぶつかる。

その亮二のまなざしを先にかわしたのは神園の方だった。

彼の瞳から放たれるエネルギーに、その女への想いを感じた気がしたのだ。