最上階のスイートルームに二人は入った。
リビングルームの真ん中に置かれた大きなソファーに、神園は足を引きずりながら歩み寄り、乱暴に腰かける。
「座れよ」
そう言って、向かい側のソファーを杖で指す。
「いえ、このままで結構です」
リビングの扉近くに亮二は立った。
神園は太い葉巻を取り出し、シガーパンチを押し込んで吸い口を作っている。
火をつけようと亮二が胸ポケットに手をやると、「いい」と小指の欠けた手を上げて断った。
ゆっくりと葉巻の先に火が移ると、部屋中にきつい匂いが漂う。
しばらくの沈黙が流れる。
「おまえは組に入って、今までがむしゃらにやってきた。その原動力は何だ?」
「…俺にはそんなかっこいいものはありません。気が付けばここが自分の居るべき場所だった、ただそれだけです」
「居るべき、場所か…本当にそうか?」
「はい」
葉巻の強い匂いが鼻の奥まで入り込んで、喉が痛くなるようだった。
「なるほどな。他に居場所があったのに自分で捨ててしまった、そうじゃないのか」
「……」
「図星か」
「いえ」
「女だろ」
「違います」
「隠すなよ」
神園は葉巻の灰を落とすと笑った。
「もう40年ほど前になるな。
俺がこの組に入ってからすぐに、一人の女と恋に落ちた。ガラにもなく、これが最後の恋だと思ったくらいお互い真剣だった。
だが相手の親が俺がヤクザだと知って、無理矢理別れさせた。でも俺はヤクザをやめる気にはならなかった。ある日、その女が着の身着のまま俺のところにやってきて、『逃げて二人で暮らそう』と言ってな。
俺はちょうど組で大きな仕事を任されるくらいになって、波に乗っていたんだ。
イキがってたのもあったんだろうな…
そいつを追い返した。
女には苦労していない、おまえなんぞの代わりはいくらでもいる、と言ってしまった。
あいつは恨み言の一つも言わずに、涙を流しながら雨の中を帰っていったよ。
俺には、こいつしかいないってわかってたのにな」
懐かしそうに、そして悔しそうに神園は目を細める。
リビングルームの真ん中に置かれた大きなソファーに、神園は足を引きずりながら歩み寄り、乱暴に腰かける。
「座れよ」
そう言って、向かい側のソファーを杖で指す。
「いえ、このままで結構です」
リビングの扉近くに亮二は立った。
神園は太い葉巻を取り出し、シガーパンチを押し込んで吸い口を作っている。
火をつけようと亮二が胸ポケットに手をやると、「いい」と小指の欠けた手を上げて断った。
ゆっくりと葉巻の先に火が移ると、部屋中にきつい匂いが漂う。
しばらくの沈黙が流れる。
「おまえは組に入って、今までがむしゃらにやってきた。その原動力は何だ?」
「…俺にはそんなかっこいいものはありません。気が付けばここが自分の居るべき場所だった、ただそれだけです」
「居るべき、場所か…本当にそうか?」
「はい」
葉巻の強い匂いが鼻の奥まで入り込んで、喉が痛くなるようだった。
「なるほどな。他に居場所があったのに自分で捨ててしまった、そうじゃないのか」
「……」
「図星か」
「いえ」
「女だろ」
「違います」
「隠すなよ」
神園は葉巻の灰を落とすと笑った。
「もう40年ほど前になるな。
俺がこの組に入ってからすぐに、一人の女と恋に落ちた。ガラにもなく、これが最後の恋だと思ったくらいお互い真剣だった。
だが相手の親が俺がヤクザだと知って、無理矢理別れさせた。でも俺はヤクザをやめる気にはならなかった。ある日、その女が着の身着のまま俺のところにやってきて、『逃げて二人で暮らそう』と言ってな。
俺はちょうど組で大きな仕事を任されるくらいになって、波に乗っていたんだ。
イキがってたのもあったんだろうな…
そいつを追い返した。
女には苦労していない、おまえなんぞの代わりはいくらでもいる、と言ってしまった。
あいつは恨み言の一つも言わずに、涙を流しながら雨の中を帰っていったよ。
俺には、こいつしかいないってわかってたのにな」
懐かしそうに、そして悔しそうに神園は目を細める。


