はぐれ雲。

彼は軽い脳震盪をおこしていた。

時間が経つにつれ、徐々に目の前のもの、耳に入ってくる音がクリアになる。

車の後部座席で神園が言った。
「いつかこうやって話がしたいと思っていた。年はいくつだ」

「…31、です」

「若いな」

彼は窓の飛び行く景色を見ながら、そう言って鼻で笑った。

神園昭吾。
このように口を利くことはおろか、間近で見ることも許されない雲の上の人間。

「おまえの噂は耳に入っている。組に入ってきた時から、頭がキレて度胸があるやつだってな。いい仕事をしてきたそうじゃないか。今まで期待を裏切ったことはない、と聞いてるぞ」

「いえ、そんな」

亮二は前を向いたまま、身動きひとつしなかった。

鋭い視線を横顔に感じる。

林とは全く異なった類の威圧感。

たまらず、彼は険しい顔のまま目を閉じた。

「見てみろよ」

その言葉に初めて亮二が神園の方を見ると、彼は両手を広げていた。

右手の小指と、左手の小指、薬指が欠落している。
「ヘマした数だ」

亮二は頷いた。
自分も指を詰める覚悟はある。
たとえ何本指を落とそうとも、自分の居場所はここにしかないのだから。

それを察したのか、笑いながら神園が付け加えた。

「おいおい、勘違いするな。俺は何も指を詰めろとは言っていない。組の中には指を落とすことで責任を取るべきだ、という輩も確かにいる。だが、俺はそうじゃない。
指を落としたからといって、事態は変らない。なら、次はいい仕事をして名誉挽回、見返せ、と思っている。
亮二。人にはな、運ってもんが本当にあってな。何もかもうまくいく時期と、何をやっても裏目に出る時期がある。これまでのおまえは、ツキすぎてた。今になって運がそっぽを向いてやがる」


車はある高級ホテルの前に停まった。

「場所を変えよう」