はぐれ雲。

自宅マンションで、亮二は新聞を丸め壁に投げつけた。

バサリと意外にもあっけない音がした。

怒りが収まらず、今度は目の前のテーブルをひっくり返した。

大きな音をたててグラスが割れ、灰皿から吸殻が飛び散る。

「くそっ！誰だ！誰がチクッた！」

身体中が熱くなる。

彼は何度も額の汗を拭った。



その時、けたたましく携帯が鳴り響いた。

まるで身の危険を知らせるアラームのように。

「はい…」

電話の向こうから粘っこい声が聞こえ、それは頭の中まで侵して頭痛を引き起こしそうになる。

「…わかりました。すぐにうかがいます」


亮二はクローゼットに入り、黒の一番いいスーツを選ぶ。
そして滅多にしないネクタイを締めた。

自分にとっての運命の時だと、そう思ったのだ。

鏡を見ると、今までにない険しい顔がそこにあった。



事務所では林がいきりたっていた。

奥には初老の男が亮二に背中を向けたまま、じっと窓の外を見ている。

部屋に入るなり、何人もの男たちが亮二を取り囲んだ。

かわいがった若い連中も、その中にいる。


その様子に彼はふっと白い歯を見せて笑い、天を仰いだ。

手のひらを返すとは、こういうことなのだ。

林が、そんな亮二を睨みながら言った。

「県会議員の倉田から電話があってな。たいそうお怒りだ。暴力団からの献金が明るみになって、次の選挙に影響が出たらどうするんだ、とな」


何も答えず、彼は頭を下げる。