はぐれ雲。

そう…加瀬達也という男はいつもこうなのだ。

彼女を心から愛して、

彼女が傷付かないように一生懸命守って。

どんなに自分が傷付いても、

知らん顔をして…

そのために自分を必死で抑えて…

それもずっとずっと長い間、

誰にも気付かれないように…


幸恵は博子が落ち着くまで、ずっと抱きしめたまま頭を撫でていた。

持ってきていたアヒルのおもちゃが、ずっとふたりを見つめていた。



「話があるの」

達也の携帯の留守電に向けて、そうメッセージを残した。

幸恵の話を聞いて、博子の心は決まった。

鏡の前に座ると、久々に化粧を施す。

手入れをしなかったわりには、滑らかな肌だった。

ただ、唇は触ると指がひっかかるほどに荒れていた。

それでも彼女は淡いピンクの口紅をのせた。


時間ばかりが気になった。
今日中に彼は来てくれるのだろうか。

握り締めた手が汗ばんでいた。

時計は夜の9時を過ぎようとしているのに、彼からの連絡はまだない。

今日はもう来ないかもしれない、そうあきらめかけていた頃、突然玄関のチャイムが鳴った。

博子は急いで階段を降りると、真っ赤な顔の恭一も出てきた。

どこかふらついているが、上機嫌だ。

「さ、さ、達也くん。この前約束しただろ?こっちに来なさい。母さん、酒を用意してくれ」

完全に酔っ払っていた。

「もう、お父さんは酔っ払って、みっともない!」

母の幸恵が気を利かせて、恭一をリビングに押し込める。

そんな義父を見て優しく笑う達也に

「あがって…」

博子はそう言った。