はぐれ雲。

「あんたたちが結婚するって言った時、お父さんね、顔を真っ赤にして怒ってね。あんたを大学まで行かせたのに、就職して社会に出ずに結婚だなんてって。それはもう大反対でね」

そんな話初めて聞いた、と、博子はとまどった表情を浮かべた。

当時、両親からそんな様子を全く感じなかったからだ。おそらく母がうまく立ち回っていてくれたのだろう。

「達也さんが挨拶に来るって日も、実は朝からずっと機嫌が悪くてね。いざ彼と向かい合ったら、お父さん、すぐにトイレに立ったでしょ?あれね、キッチンにいた私にわざわざ文句を言いに来てたのよ。『若造のくせに落ち着き払って。自分は何でもできると思ってやがる』ってね。
笑っちゃうでしょ?子どもみたいで」

母はクスクスと思い出し笑いをした。

「でも、あの時すぐに結婚を許してくれたじゃない」

「それはね…」

続きを話そうとして、幸恵はまた思い出したのか一人で笑っている。

「お母さんってば」博子は先をせかす。

「ごめん、ごめん。
でね、達也さんが、あんたをくださいって頭を下げた時にね、畳についた手が震えてたんだって。プルプル、プルプル…って。
お父さん、それを見て、この人ならあんたをやってもいいって…そう思ったんだって。
お母さんね後でそれを聞いて、何それって笑っちゃったんだけどね。
でもお父さんは、若さに任せて勢いで『結婚したい』って言ってるんじゃないって思ったみたい。結婚するという意味をちゃんとわかってる人だって、家庭を持つ責任の重さをちゃんとわかってる人だって思ったみたい。父親の勘っていうのかしらね」

幸恵は娘を見た。

「達也さんは、あんたのことを本当に大切に思ってくれているわよ」

そう言って、博子の頭を撫でた。

「実は口止めされてたんだけど…」

「口止め?」

母は言っていいものか悩んでいた。

「言って、お母さん。何なの?教えて」

しかし、真剣な娘の目に、心を決める。

娘夫婦の力になりたい、そう思ったから。