「事情聴取ってやつ?」

昨日、警察から電話があったのだ。

「私、離婚しようと思ってるの」

「離婚!?」

目をまん丸にした真梨子を見て、博子は思わず「当然でしょ、そんなに驚かないでよ」と笑った。

「私と一緒にいると、ますます達也さんの立場が悪くなるから」

「博子…」

「真梨子、前に言ってくれたよね。
いつか新明くんとのことが明るみになったら、達也さんの仕事にも影響があるよって。
何度も自分に言い聞かせて、会うのをやめようって思った。でも、会わずにはいられなかったのよ。それはどう言い訳したって、わかってもらえないし、許されることじゃない。
…今達也さんね、捜査から外されて有休とらされてるの。実質、謹慎みたいなものよ。
このままだと、彼から警察官であることを取り上げてしまうのよ。こんなわたしのせいで。だから…」

「だから、離婚するの?離婚と引き換えに、彼が警察官を続けられるように?」

コクンと博子は頷く。

「今の私にはそれしかできない。どう彼に償えばいいのか、わからなくて…幸い、と言っていいのかわからないけど、私たちには子どもがいないし。それがせめてもの救い…」

真梨子は部屋を見渡した。

きれいに片付けられている。

ここを出て行く気だ、そう直感した。

二人のツーショット写真は、そのままなのに…

「それでね、真梨子にお願いがあるのよ」

博子は一枚の薄っぺらい紙をテーブルの上に広げた。

「これを達也さんに渡してもらえない?」

「これって…」

離婚届だった。

あとは達也の署名と捺印で、すぐに提出できるようになっている。

「達也さん、私には会いたくないと思うの。それに私、事情聴取受けるでしょ?そんな女とあまり会ってるところ見られたくないだろうし…だから、面倒なことをお願いしてるのは、わかってる。でも、真梨子にしか頼めなくて」

真梨子はその離婚届を手に取った。

「加瀬博子」と書いた字が、不自然に歪んでいる。

これを書くときの博子の姿が目に浮かんだ。

こんなに薄い紙一枚なのに、なんて重いんだろう。

博子の懺悔の気持ちが、この一枚に込められている。

「…わかった」