はぐれ雲。

桜井と加瀬達也はあるアパートの一室に向かっていた。

そのアパートの大家からの通報で、赤ん坊の遺体遺棄事件に関与したと思われる女が捜査線上に浮かんだ。
彼女に事情を聞くために、今日はやってきたのだ。

大家の話では、その女はつい最近までおなかが大きかったという。

また隣の部屋の住人から、赤ん坊の遺体が発見された前日、女の部屋から苦しそうなうめき声が聞こえたという証言を得ることができた。
おそらく陣痛の痛みに耐えていたのであろう。

それ以来、お腹は小さくなったものの、赤ちゃんの泣き声すら聞こえなかったようだ。

大家が女に赤ちゃんのことを尋ねると、「実家に預けている」と不機嫌そうに答えたという。

女の実家は遠方にあると入居時に聞いていたため、不審に思い警察に通報したとのことだった。

女は21歳、無職。

彼女は取調室でこう言った。

「彼に妊娠したって言ったら、ビビって逃げちゃった。堕ろすにもお金ないし、どうしようもなかったわけ。流産できたらいいなって、やってみたけど、なかなかできないし。お腹ばっか大きくなっちゃてさ。そうしてるうちに陣痛始まって仕方なく産んだんだけど、あたし育てらんないし」

「それで殺したのか」

「仕方ないじゃん。生かしてても、育てられないんじゃ。放っておいたら、どうせ死ぬでしょ?
結局、結果は一緒じゃん」

それを聞いて、達也はカッとなって立ち上がった。

「一緒だと?もう一回言ってみろ!命を何だと思ってるんだ!」

「まあまあ。加瀬、落ち着け」
桜井が制する。

達也の体が怒りで震えた。

「なんなの?なんでこの人、こんなに熱くなってんの?」

冷めた顔で若い女は言い放つ。

桜井の穏やかな声が、達也の代わりに女に向けられる。

「なぁ、思い出してみぃ。あんたなぁ、お腹が大きくなってきて、赤ちゃんも動くようになってたやろ?一緒に生きてみようとか、思わへんかったか?」

「別に」
彼女はそっぽを向いた。

「ちょっとでも赤ちゃんのためにおむつや、肌着を用意しようとは思わへんかったか?」

「全然。だって無事に生まれてくるなんて、誰にもわかんないし。途中で死んじゃうこともあるじゃん。まぁそれを期待してたんだけどね」