はぐれ雲。

花火の音が止むと、彼はおもむろに立ち上がって真っ暗な川面を見つめた。

「…送っていけねぇけど、気をつけて帰れよ」

「…うん」

膝の上で握りしめた手を見ながら、彼女は頷く。

「じゃあな」

「新明くん!」

思わず立ち上がり、博子はその背中に呼びかけた。

「ん?」とポケットに手を突っ込んだまま、亮二は首だけを向ける。

「またな…って、いつもみたいに言ってくれないの?」


みるみるうちに、今まで穏やかだった顔が険しくなっていく。

暗闇の中の外灯一本でも、その様子がわかるくらい、彼は怒っている。

何言ってんだ、そう怒鳴られると思った。

<でもいい、このまま終わらせたくない…>

「言って…またなって、言って」

絞り出すように博子は訴えた。

亮二は何度も小さく首を横に振りながら、彼女の前までやってくる。

青草を踏みしめる音が、近付いてくる。

それに合わせて、今まで軽やかに鳴いていた秋の虫たちも息を潜める。


「バカか、おまえ。俺たちはもう…」


<わかってる、もう会うのは危険だってことくらい。でも…>

彼を遮るほどの、強引な言葉が彼女の口から放たれた。


「あなたは剣道部の先輩で、私はその後輩よ!ただそれだけの関係でしょ?それに…」

次の言葉を言うのに、博子は少しためらった。

「それに私たち…付き合ってたわけじゃないわ」

驚いた彼が足を止め、そして笑った。

「そうだけどよ。だいたい先輩って…おまえ一度だってそんなふうに俺を呼んだことねぇだろ」

確かにそうだ、一度だって言ったことがない。

けれど…

「新明先輩」

笑いの消えた彼の目を見ながら、彼女は続けてこう訊いた。

「これでいい?」と。