はぐれ雲。

完全に辺りが暗くなった午後8時。

花火の音が微かに聞こえ始めた。

「やっぱり見えないね、花火」

「ああ」

ずっと足元を見ていた亮二が、缶ビールを博子に差し出した。

「飲むか?もうぬるくなっちまってるけど」

「ううん、それは新明くんがお父さんのために用意したものでしょ」

「バカか、おまえ。死んだ奴が飲めるかよ。飲まねぇなら俺がもらうぞ」

そう言って缶ビールを勢いよく、あおる。

「あぁ、まずい。やっぱ冷えてねぇとダメだな」

一口飲んだだけで、彼は缶をひっくり返した。

ビールが音を立てて地に落ちる。

炭酸がシュワシュワと小さな音をたてて、土に吸い込まれいった。

彼のお父さんが喉を鳴らして飲んでいるようにも聞こえる。

ふたりはその様子をじっと見つめていた。


毎年ここにこうして一人で来ていたのかと思うと、博子は胸が痛む。

同時に直人や浩介が、彼をあそこまで慕う気持ちがわかった気がした。


パーン、パーンと軽い花火の音が続く。

かと思えば途切れ、また再開する。

そんなことの繰り返しだった。

二人の腰かけたベンチのまわりでは、もう秋の虫が鳴いている。

<ねぇ、新明くん。
もう一度聞いてもいい?
もし望みがひとつだけ叶うとしたら、
あなたは何を願う?
私はね、やっぱりあなたと過ごした日々に戻りたい。たとえ、その先にまた別離が待っていたとしても、今と同じ結果になったとしても、あの日に、戻りたい。戻って途切れてしまった恋を、後悔のないように最後まで紡ぎ直したい…>