はぐれ雲。


「余計なことして、って思ってるでしょ」笑いを含んだ声でそう訊いた。

「ああ」

空を見上げた瞳は閉じられている。


「…毎年、8月3日はここに来てたの?」

今度は、低めの声でそう訊いた。

「ああ」

ゆっくりと、あの澄んだ目が開かれる。

「お父さんの命日、花火大会の日だったよね…」

亮二はため息をひとつつくと、目の前の女に向き直った。

「なんでもお見通しなんだな、おまえは」

「この間は騙されちゃったけどね」

小首をかしげながら、博子はふふっと笑った。

「…ったく、バカが…」


二人の視線がようやくぶつかり合う。

今の彼らの間には、もう何のしがらみもなかった。


何の悪意も、
何の邪心も…
迷いも…
罪悪感ですら…

せめてこの場所にいる時だけは

それぞれの立場を超えた、ただの一人の男と、一人の女でいたい。

この河からの風に吹かれている時だけは…

そうでありたいと、ふたりは願った。