はぐれ雲。

彼女はある場所へ向かっていた。

シャツが汗で背中にまとわりついてくる。

先ほどの喫茶店での直人と浩介との会話を思い出しながら、彼女はただひたすら走った。



「…待って」

そう言って、立ち上がった男たちを彼女は引き止めた。

「もし私があなたたちの話を聞かずに追い返していたら、どうするつもりだったんですか」

直人が、伏目がちに笑いながら答える。

「何回でも来るつもりでした。迷惑がられても、話を聞いていただけるまで、何回でも来るつもりでした」

「どうして」

博子は二人の顔を交互に見る。

「どうしてそこまで彼に?」

男たちは顔を見合わせると、再び席についた。

浩介が口を開く。

「俺たちは亮二さんに数えきれねぇくらいの恩があるんすよ。亮二さんが幹部になりたての頃、俺、嬉しくて一人張り切ってたんすよ。役に立ちたくって。
そん時、俺、シャブを売っ…いや、あの…ちょっと仕事でミスっちまって、他の組とトラブって、拉致られたんだよ。
そこの事務所連れてかれて、もうだめだって正直思った。そしたら亮二さんが、一人で敵の事務所に乗り込んで、頭下げてくれた。
向こうにしてみりゃぁ、圭条会の出世頭ってことで、いいカモだよ。
土下座させて、殴るわ、蹴るわ…それでも亮二さん黙って耐えて…
やっと解放された時に、俺何て言っていいかわかんなくて。
でも、あの人こう言ったんだぜ。
『さっさと肩かせよ、帰るぞ』って。俺を一言も責めなかった。プライドをズタボロにされてもだぜ。
その時決めたんだよ、俺は亮二さんのためなら命懸けるって」

浩介が何度も鼻をすすった。


「そんな人なんです、新明亮二という人は」

直人の静かなその声に博子は何度も頷くと、閉じた目から涙が頬を伝う。