はぐれ雲。


「花火見えたか?」

亮二がその気配を察してか、口を開いた。

「え?あ、うん。きれいだったよ。新明くんは…見えないよね、ここじゃ…」

「見たぜ」

「ここで!?」

「ああ」

驚いて思わず辺りを見回した。

花火大会のあった海岸の方向には、高いビルや山もある。

それらに遮られて、ここでは夜空に飛び散った花火の破片すら見えないだろう。

「見えない、と思うんだけど」

首をかしげながら、遠慮がちに聞いてみる。


「音は聞こえるんだよ」

博子はなるほど、と頷いた。


「隣、座っていい?」

そう尋ねると、亮二は初めて博子を見た。

胸が痛むほど、彼は寂しそうな顔をしていた。

<花火の音を聞きながらお父さんを想っていたの?>

亮二の隣に腰をおろすと、ふたりは共に真っ直ぐ前を見つめた。

真っ黒な川面から、涼やかな水のせめぎあう音が聞こえてくる。

<ねぇ、新明くん。
いつか私もここで新明くんと、花火を見ても…ううん、その音を一緒に聞きてもいい?>

そう心の中で訊いて、博子は夜空を見上げた。