「そんな…」

「おい浩介。何やってんだ、早く連れていけ!」

「あっ、は、はい」

浩介が駆け寄り立つように促すも、博子はその手を振り払い自分で立ち上がった。

哀しい目で亮二を見る。

彼も博子を見つめ返す。

<本当に変わっちゃたの?私の知っているあなたは…>


「私の知っている新明くんは、そんなことする人じゃない」

リサが口をはさんだ。

「あんた、しつこいのよ!」

「おい、リサ。やめろって」
それを直人が制する。

「私が知ってる新明くんは…」
仲間や、友人を裏切ったりしない人、そう言おうとした。

<だって、そんな彼を見てきたんだから>



「おまえの知ってる俺?」

亮二が鼻で笑った。

「俺はどんなやつだよ?」

彼の顔から一瞬にして笑いが消える。

「どんなやつなんだよ、言ってみろよ!なぁ、言えよ!!」

そう怒鳴ると、そばにあったスチール製の椅子を力の限り、蹴り倒した。

リサがビクッと肩を震わせる。

その場の空気が完全に凍りついた。

誰も聞いたことのないような、彼の荒々しい声。

だが、博子だけはそんな彼から目をそらさなかった。

彼を信じていたから。

信じたいと思っていたから。

「言えないなら、教えてやるよ」

亮二は博子に近づいた。

「いいか、おまえが高校でいい子ちゃんで勉強してる時、俺は毎晩バイクぶっとばして、喧嘩して人を傷つけてたよ。
おまえが大学で今の旦那とイチャイチャしてる時、俺は何をしていたと思う?シャブ売りさばいて、女使って金作らせて、その金でまた違う女を抱いてた。
今、おまえは結婚して正義を振りかざすのに忙しい旦那の帰りを待ってんだろ。そんなヒーローに抱かれてんだろ!今の俺は、見ての通りだよ。圭条会の、ヤクザの幹部なんだよ!」

「もうやめて!」

たまらず、博子は目をそらせた。

「俺のやってきたこと、まだ教えてやろうか」

畳み掛けるように亮二は言う。

「やめて!お願いだから!もう聞きたくない!」

涙が一粒こぼれ落ち、大理石の床に小さな染みを作った。


しばらく沈黙が辺りを支配する。


しかし、その静寂を破ったのは亮二だった。

「連れていけ」

浩介が、うつむいたままの博子の肩をそっと押した。

亮二も博子に背を向ける。
おぼつかない足どりで、彼女はホールを出た。

「おい」
呼び止める亮二の声に足が止まるが、博子は振り返らなかった。

「巻き込んで悪かった。顔、冷やしとけよ」