はぐれ雲。

「ねぇ、加瀬さん。あんたの旦那、刑事なんだって?」

思った通り、博子の険しくなる。

どうだ、と言わんばかりの顔で女は満足げに笑う。

「亮二が、どうしてあんたみたいなパッとしない女に会ってたと思う?自分でもおかしいなって思わなかった?あんな素敵なヒトがどうして誘ってくれるのか。まさか、自分とは特別な何かで繋がってる、そう信じてたの?
あんたなんかと会ってたのは…」

女は博子に近づくと、独特の甘ったるい声でささやいた。

「警察情報を仕入れるため、よ」

「え…」

黒髪の女の血の気が引いていくのがわかった。
普段はその大きな黒い瞳も、あまりの衝撃で小さく見える。

「亮二はね、上からの指示であんたと会ってたの。昔の知り合いがたまたま警察官と結婚してるってことでね。彼はね、あんたを自分に夢中にさせといて、情報を取るつもりだったの。
抱いて、亮二は胸の中のあんたからいろいろ聞き出すつもりだったのよ。それでも抱いてもらえなかったんでしょ」

博子は女の腕をつかんだ。

「嘘よ!」

「これだから、世間知らずは面倒なのよ」

そういうと女はその手を振り払った。

「あんたみたいに周りからチヤホヤされてきた女にはわかんないだろうけど、この世の中、汚い感情で溢れかえってるのよ。
目的のためなら、手段を選ばない。
自分は特別だと思ってた?亮二と簡単に寝てないから、大切にされてると思ってた?
ほんっとに、おめでたい女よね。
現に、あんたと会ったすぐ後に、亮二はあたしを抱いてたわ。しかも、何回も。
あんたに女の魅力がなかったのよ、彼は抱こうとすら思わなかったのよ。ただの情報を仕入れるための道具のくせに、偉そうなこと言ってんじゃないわよ!」