はぐれ雲。

「だからぁ、来てってお願いしてるんだろ」

突然変わった声色に驚いた博子が振り返ろうとした瞬間、背中に鋭い感触があった。

薄手のシャツの上からだと、それが何であるかは容易に想像できた。

「はい、静かにね」

博子は震える声で言った。

「あなた、本当に新明くんに言われて来たの?」

「静かにってば」

刃先が背中に当たり、全身が凍りつく。

まだ客の少ない駐車場で、彼らの異変に気付く者は誰一人いなかった。

「来いよ、こっち」

言われるがまま、停めてあった車の後部座席に乗せられた。

「こんなことしたくないんだけど、逃げられたら俺が怒られるんでね」

そう言って城田という男は、博子の手首を後ろ手に縛った。

足が震え、彼女の額から汗が流れ落ちる。

「教えて。これは本当に新明くんが?こうやってでも無理に連れて来いって?」

恐怖で顔が歪む。

「あんたはどう思う?こんなことする男だって思う?」

博子は目を閉じ、深呼吸を繰り返した。

<彼はこんなことしない、絶対に。じゃあ、この男は一体何者?私はどうなるの>


静まり返った本通りの一角で、車は停車した。

「ここで降りて」

城田が後部座席のドアを開けた。

「早くしてくんないかな。話が終わったら、何もしないで返してあげるからさ」

「話?」

引きずりだされるように車から降りると、閉店した薄暗いクラブの中へと連れて行かれた。


ちょうどその頃、直人と浩介は圭条会の本部事務所に向かっていた。

「あ~気持ち悪ぃ…飲み過ぎた」

「浩介、マジで酒臭いぞ。近寄んなよな」

「傷付くこと言うなよ、直人ちゃん」

「来るなって。臭い!」

角を曲がった途端、直人が浩介の行く手を阻んだ。

「ちょっと待てよ」

「あ?何だよ」

直人は目で合図を送ると、浩介もその先に目を向ける。

「ちょっと!あれって!」

「ヤバイな」

「直人、早く知らせねぇと」

彼らの視線の先には、AGEHAに入る博子の姿があった。



「わかった、おまえたちはそこで様子をみてろ」

連絡を受けた亮二は、目を閉じて深く息を吸った。


「誰か車をまわせ」