はぐれ雲。

「ただいま」

突然、玄関から達也の声がした。

「お、おかえりなさいっ」
話の内容が内容だけに、博子は焦って立ち上がって玄関に向かう。

肝心な時に達也は連絡をせずに帰ってくる。
いつも連絡ちょうだいねって言ってるのに…と心の中で小言を言う。


彼女とは正反対に、真梨子は「お邪魔してまーす」と人懐っこい笑顔を向けた。

「おぉ、久しぶりだな、青木。元気でやってるの?」

「はい、おかげさまで、バリバリ働いてます」

「さすがだなぁ」

博子は二人のやりとりを聞きながら、達也にお茶を淹れる。

お茶をトレイに載せリビングに行くと、「博子。私、そろそろ…」と真梨子が腰を浮かせる。

「え!もう?」

「青木、ゆっくりしていけばいいよ。俺は着替えを取りに来ただけで、すぐに署に戻るから。
博子の話し相手になってやってくれよ」

「そうなの?」

達也の話を聞いて、博子は慌ててクローゼットに達也の着替えを取りに行く。

「もう、だから前もって連絡くれればいいのに」と、ちょっとした不満を、独り言にしてみる。

その間、達也と真梨子は何やら楽しそうに話をしている。

心なしか、彼女の声が上ずっているようだ。

紙袋に着替えを一式詰め終わると、二人が並んで立っていた。

「青木が同じ方向って言うもんだから、途中まで一緒に行くよ」

達也は紙袋を受け取ると、そう言った。

「博子、また連絡するね」

真梨子は達也に見えないようにウインクをし、口元は「がんばれ」と動いた。

「博子、今日は遅くなるから先に休んでていいよ。もしかしたら、帰るのが明日の朝になるかもしれない」

「達也先輩、妻をそんなにほったらかしにしてたら、違う男に取られちゃいますよ」
真梨子が冗談めかして言った。

「真梨子!」

思わず博子は声を荒げる。

一瞬、気まずい雰囲気が漂った。

「やっだー…冗談じゃない」

博子は達也の様子をうかがったが、背を向けていたので顔が見えなかった。

「じゃあね、博子。また連絡するから」

そう言うと、真梨子はとびっきりの笑顔でドアを閉めた。

やけにはしゃぎ声の彼女が、ヒールを高々と鳴らせて階段を下りていく。