はぐれ雲。

「泣いてるの?」

達也が胸の中で妻の頬を撫でながら、静かに問う。

「ううん、どうして?」

「…睫が、濡れてる」

「そんなこと、ないわ」

首を横に小さく振ると、達也にキスをしようと彼女は上半身を浮かせた。

「何かあったの?」

博子の唇を優しく制して、彼はまた問う。

「最近の君、少し変だよ」


達也の視線に耐えられずに彼から抜け出した妻は、はだけた胸元を隠す。

「…何もないわ、達也さんの考えすぎよ」

「博子」

彼は、瞬きを何度も繰り返す彼女を引き寄せた。

そしてその顔を両手で包むと、真剣な声色で聞いた。

「俺に隠してることはないか?」

その言葉に、彼女が一瞬身を固くしたことに彼は気付いた。


だが、彼女は「やだ、考えすぎよ」そう言って、微かに笑う。


はっきり「ない」と言わなかった。

そのことに達也の不安は大きくなる。

「博子」

「達也さん」

そっと、彼の手に自分の手を重ねると、「今夜はごめんなさい、もう休むね」と彼女は告げた。

「…あぁ、おやすみ」

背を向けて横になった博子を見て、達也は手で顔を撫でた。

彼女が何かを隠していることは確かだ。

しかし、それを面と向かって聞くことが怖い。

ずっと不安に思ってきたあの感情。
捨て去ろうにも捨てきれなかったあの思い。

「博子を取られるかもしれない」

そんな予感がついに現実のものになるのではないか…

達也は胸が苦しくなるのを覚えた。