はぐれ雲。


「ごめんね。私、今日は帰る」

苦しそうな顔でそう告げると、持っていた上着を亮二に差し出した。


「ふざけんなよ」

突然その手を彼は振り払うと、雨を含んだ上着はアスファルトの上に重たそうに落ちた。

「新明くん…?」

さっきまでの憂いを含んだ瞳はもうなかった。


「ふざけんなよ、帰るだと?ここまで気をもたせといて、どういうつもりだよ」

亮二の言葉に博子は困惑した。

「言ってる意味がわからない」

ムッとして言い返すと、彼女は落ちた上着を拾い上げようとしゃがみこんだ。

しかし、亮二はその手をつかむと自分に勢いよく引き寄せ、こう耳元でささやいた。

ついさっきまでの彼とは別人のように。


「今夜、おまえを抱いてやるよ」


聞いたことのないような甘い、甘い声で。


「おまえもずっとそれを期待してたんだろ?じゃねぇと、何回もこうやって会ったりしねぇよな、そうだろ?」

耳をふさぎたくなるような言葉だった。

それでも亮二の艶っぽい声はまだ続く。

「いいタイミングで雨が降ってくれたよな」

そう言って、博子の濡れて光る黒髪を撫でた。

「離して」

博子は手を振り払おうと体をのけぞるが、男の力にはかなわない。

「俺に抱かれたっつうと、みんな羨ましがるんだぜ」

亮二は博子をつかむ手にますます力を入れた。

「やめて!」

「つべこべ言わずに来いって」

「嫌!」