はぐれ雲。

博子はハンカチを取り出すと、「濡れちゃったね」と亮二に差し出した。

彼はそのハンカチに目をやるが、受け取ろうとはしない。

「新明くん、これで拭いて」

「博子」

代わりに、彼は思いつめたようなまなざしを彼女に向けた。

その理由が博子にはわからず、一瞬戸惑う。

おもむろに亮二はズボンのポケットから光るものを取り出すと、雨の音がさらに大きくなった気がした。

「それは?」

「おまえにやる」

亮二は、そっと博子の首に手を回す。

彼女は身動きできずにいた。

彼がこんなにも近くにいる。
彼の広い胸が目の前にある。

そしてその息遣いを感じる。

博子は動揺を抑えようと、亮二の上着を胸元で強く握りしめた。

<彼に触れてはいけない>

今触れたら最後、この胸に飛び込んでしまいそうだ。

博子がそっと胸元に手をやると、指先に冷たい石の感触があった。

一粒ダイヤのネックレス。

驚いて亮二を見上げると、彼の澄んだ瞳がわずかに揺れた。

「あの、新明くん、ありがとう。何ていっていいのか…すごく嬉しい。でも」


博子はつけてもらったばかりのネックレスをそっと外すと、亮二の手に握らせた。

「もらえない」

「どうして」

ぴったりの言葉が見つからず、博子は目を閉じて首を横に振ることしかできなかった。

「…ごめんなさい」

電車が彼らの頭上を轟音とともに通り過ぎていく。