はぐれ雲。

上着を脱ぎながら、カウンター席から亮二は言った。

「適当に握ってくれ」


しばらくすると、次から次へと艶やかな寿司が目の前に並べられる。

「おまえ、もっと食えよ」

「食べてるわよ」

達也のことを考えていたせいで、正直、あまりお腹がすかなかった。
こんなにおいしそうな寿司が、食べてくれとアピールしているのに、手をつける気にはなれなかった。

「よくそんな身体で剣道してたな。ふっとばされただろ」

「失礼ね」

「…高校でもやってたのか」

突然彼の声のトーンが落ちる。

亮二がいなくなって剣道はしなくなった。でもそれは、彼のせいではない。

「高校はね、部活自体に入らなかったの」

博子はおどけた。

「勉強一筋、よ」と。


努めて明るく言ったつもりだったが、亮二は黙ってしまった。

慌てて言葉を探す。

「えっと…新明くんは、剣道すごく強かったよね。ほら、高校の新人戦で私、応援に行ったじゃない、覚えてる?」

また、剣道の話出しちゃった、と心の中で自分を叱りながら、博子は亮二の顔を覗き込んだ。


その横顔に「あの頃」が蘇る。