はぐれ雲。


その夜、明かりの消えた部屋で、達也が博子の髪を撫でた。

彼が何を求めているのか、博子はわかっていた。

彼の唇が頬を伝い、首筋へと下りてくる。

そして長い指がふくらんだ胸元へと伸び、白い肌が暗い部屋で浮かび上がる。

達也の唇がそっと博子の唇に触れたその瞬間、彼女の脳裏に閃光のように亮二の顔が浮かんだ。

「達也さん…!」

博子は胸元の彼の手を押さえて、上半身を起こす。

くっきりとした鎖骨があらわになっていた。

驚いたように妻を見る達也。

「ごめんなさい、今夜は…私、ちょっと体調悪くて…」と彼女は小さな声で告げた。

「謝らなくていいよ」

彼は微笑むと博子の頬を優しく撫で、「おやすみ」と横になった。

そんな彼を見て、博子は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

けれど、今夜は彼を受け入れられない。

なぜか…

理由は博子自身が一番よくわかっていた。

亮二のことが頭から離れなかったから。

明日、彼と会うつもりだったから。


せめて今夜は、

彼に会う前の夜は、

誰のものでもない、「葉山博子」でいたかったから。