Fahrenheit -華氏- Ⅱ



けれど二村は俺の質問の内容には応えず


「傘、俺二本持ってるんです、どうぞ。コンビニの安いビニール傘ですが。濡れちゃいますよ」と笑いながら畳まれた傘を手渡され、俺は二村から傘を受け取ったが




「俺はお前の“取引”に応じた。


『柏木 瑠華と別れろ。そして緑川に柏木さんを近づかせないでくれ』と。


だからこれで終わりだ。


けど





―――今後瑠華に近づいたら、瑠華をこれ以上傷付けたら…」



俺は傘を膝に当て


バキィッ!


膝でへし折ってやった。





「この傘のようにお前をぶっ潰してやる。



例えどんな手を使ってでも。



これは警告だ」




俺は瑠華と別れ話をした何倍も低い声で二村の胸に付き指を立てた。


「あーあ……買ったばっかなのに」と二村は『さも残念だ』と言った感じで肩を竦める。




「いかにも安い造りだからな、へし折るのは簡単だ」




俺は壊れた傘を放り出し、



俺は後ろを振り返ることなく、雨の中を歩きだした。




裏通りに面したその一区画ではアロマルージュの他にも昔ながら、と言った感じの喫茶店もある。そいやぁ以前村木と行った喫茶店だ。


その喫茶店に村木と二人きりじゃなかった。あの時は瑠華も一緒だった。


と、ぼんやり思い浮かべて、そこから微かな音楽が聞こえてきた。


有線でも流しているのだろう。


懐かしい―――歌だった。


坂本 九の『上を向いて歩こう』だ。




~♪


上を向いて歩こう。

涙がこぼれないように。




俺は空を見上げた。


上を向いても、涙はこぼれる。


空から零れ落ちる雨粒と一緒にその塩辛いものは俺の頬を伝った。



それでも


歩かなければならない。突っ走らなければならない。


俺は歩を速めた。濁った雨の中、


脳裏にあるのは鮮やかなまでの、さっきの光景。


最後の俯いたまま稟議書に手を置く瑠華を想いながら―――




俺は歩いた。




そして誓った。




心音ちゃん、今度だけは君を決してクジラにはさせない。



【Fahrenheit Ⅱ Fin】

~ To be continued ~