「話はそれだけ」
そっけなく言って俺は伝票を取り、今度こそ席を立った。レジに向かう途中、ちらりと瑠華の方を振り返った。
瑠華は俯いていた。
髪が邪魔して表情が読めないが……ただただ稟議書に手を置き、
俯いていた。
カフェの扉を開けようとした所で、木製のこげ茶色をした扉の中に、俺の目線ぐらいの高さに小さなガラス窓がついていて、その向こう側に見える景色は、薄暗く濁っていた。
雨粒さえくっついている。
雨………
と思っていると
バン!
窓ガラスを『誰か』が叩いた。突如として、その大きな音に俺の肩がビクリと揺れた。
突如として視界に飛び込んできた『誰か』―――
いや『誰か』になる前の―――
白くて小さな手―――
俺は悲鳴をあげそうになった。何とか声を呑み込み、それでもガラス窓から目を逸らせない。
それは今まで以上にハッキリ見え、もがき苦しんでいるかのように狭い四角の中を這っている。
思わず立ち止まって、一歩も動けない。後ずさりしたい気持ちだったが、それすらもできない。
立ち止まったままの俺にレジ担当だった店員が
「お客様?」と声を掛けられ、ようやくその声に振り返ることができたが、店員は不審そうな表情を浮かべていて、
「ああ…いや、すみません…雨が…」
そろりと窓の方を見ると、あの白い手は
消えていた。



