Fahrenheit -華氏- Ⅱ


俯きながら顔を覆っているから、瑠華の表情が読めない。


でも……今は―――俺の方が瑠華を見たくない。


見てしまうと―――…揺らぎそうになる。


その手を取って何もかも捨て二人で逃げる選択をとってしまうだろう。


でもそれじゃ何の解決にもならない。





「……一つ…お聞きします。


IDとPWは誰から入手されたのですか。麻野さんですか」





瑠華から語られたのは、別れを縋る言葉じゃなかった。


その言葉を聞いて強張っていた体から力が抜けた。


俺は―――どうしてほしかったのだろう。


泣いて、縋って、喚いて?


引き止めてほしかったのだろうか。


やはり、瑠華は俺のことなんて本当は愛してなんかなくて、ただ利用できるから傍に置いておいた、と言う具合なのか―――


苦笑いさえ浮かんできて、ヤケになりながら、ぐしゃりと前髪をかきあげた。


「あいつ…裕二じゃない」


たった一言言うのも何だか億劫だった。


「そう―――…ですか…」


瑠華は静かに頷いた。


お互いコーヒーに一口も口を付けることなく、ただ最初からあったインテリアのように馴染んでいる。湯気もすっかり無くなってすっかりぬるくなっている筈だ。


けれど俺はここになってようやくコーヒーカップを手にした。


「その稟議書は幸いにも俺が気付いて会長の決裁はされていない。


俺を想う気持ちが少しでもあるなら、


今後こんなことは二度としないでくれ」


コーヒーと同じ、冷めきった言葉が出る。


「あと……緑川に近づかないでくれ。緑川は色々君を頼っているようだが、俺とあいつの親同士の根深い確執がある限り、相いれないんだよ。


どう言う意味か分かる?


―――俺は、君に対しての信頼を失ったが、それ以外のものは失いたくない」


瑠華の白い手がぴくり、と動いた。


「それ以外―――と言うのは…」


「見事に欺いてくれたその手腕は尊敬に値いする。つまり、俺は仕事のパートナーとして君を必要としている」


瑠華―――…


こんな男最低だろ?一方的に疑って、怒って、別れを切り出して、でも仕事ではうまくやりましょ、って。


普通なら



できねぇよ。