会社を出る時、ちらりと隣のブースを覗いたが、二村の姿はなかった。
時間はちょうど17時を回ったとき、最近ではすっかり早くなった日暮れが押し迫ってこようとしているのか、明るいグレーのアスファルトの上、二人分の濃い影が伸びていた。
逢魔が時……
かつて、その昔夕方うす暗くなった時に大きな災禍に出くわすと信じられていた。
迷信じみた話だが、薄暗く周囲が見えない不吉な時間であることを意識しよう、注意しようという呼びかけでもあるというも言う。
アロマルージュに真咲と二回行ったが、瑠華とは初めてだ。
昼はランチを、夜にはダイニングバーになる、なかなか洒落た店だ。
しかも今はランチでもディナータイムでも、ティータイムでもない微妙な時間帯。
裏道に面している場所で、おまけに看板らしい看板が出ていない。隠れ家的な店で、客が閑散としている場所だからこれから話すことを考えればうってつけだ。
全体的に高級感を思わせるブラウンのしつらえの店内の奥に促し、ゆったりとしたソファ席に俺たちは落ち着いた。
コーヒーを二人分頼むと、以前真咲と来たときと同じようにショパンの『別れの曲』がかかっていた。
毎回思うのだが、『別れの曲』と言うタイトルは、それにそぐわないゆるりとしたメロディで、どの辺が別れを意識しているのか分からない。
向かい合って座る恋人たちの“最後”がこんな風に穏やかに迎えられるのなら―――
コーヒーが運ばれてきても、出されたコーヒーを飲むこともせず、一向に話を切り出せない俺に焦れたのか、同じく手つかずのコーヒーには視線も向けず
「それで、お話と言うのは」と、瑠華の方が先に聞いてきた。
俺は声が震えないように大きく深呼吸して、ビジネスバッグからクリアファイルに入れられた書類をテーブルに乗せ、無言で瑠華の方へ押し出した。
瑠華は書類をファイルごと受け取り、中から書類を出し、そして目を開いた。
それは間違いなく瑠華が作成した例の『桂林のリゾート開発の稟議書』
「あの……これが…?」と瑠華はしらばっくれているのか、それとも突如として突き付けられた意味が分からないのか目を上げ聞いてくる。
俺は再び深呼吸をした。



