Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「啓、ステキなスーツですね」とグラスを傾けながら瑠華はにっこり。


いやいやいや……あなたには及びませんヨ。


「馬子にも衣裳?」俺が意地悪く笑いかけると


「何ですかそれ」と瑠華は無表情に惚ける。


「前に言われたことだけど~?瑠華ちゃんに♪覚えてないのか、このっ」


と言い、瑠華の脇腹をこちょこちょとくすぐると、瑠華は明るい笑い声をあげながら身をよじった。


「覚えてますよ。桐島さんの結婚式でしたよね」


と瑠華はよっぽどくすぐったかったのか目尻に涙を浮かべて笑っている。


「うん」


あの時は―――瑠華がこんな風に笑ってくれる時がくることが想像できなくて


いつも悩んでいたし、考えていた。


今思えば…


「くすぐっておけば良かったのか?」顎に手を置き首を傾けていると


「何か良く分かりませんが、心を開いていないひとにくすぐられても、あたしは笑いません」


え……それって…


「あの時、俺に心を開いてなかったてこと?」


あわあわと言うと


「さぁ?」と瑠華は意地悪く笑う。


「この、小悪魔め」


俺は瑠華の腕を軽く小突く。


瑠華はまたも笑った。


そしてテーブルに目を向けると、その上にはサーモンとバジルのテリーヌ、クリームチーズと生ハムを乗せたクラッカー、が皿に盛りつけてあって


「これは、オプションですか?」


瑠華は目をぱちぱち。


「いや、これは俺の持ち込み。俺が昨日作った」こんなところケチるなよとか思われそうだったけれど、瑠華は俺の料理凄く美味しそうに食べてくれるから。恥ずかしくなって思わず顔を背けると


「凄い」と静かに言い、瑠華は早速と言った感じでフォークでテリーヌをそっと切り掬い上げると口に運ぼうとした。


「待って」


俺が言うと、赤い口元にすぐに迫ったテリーヌのフォークを俺はそっと下ろし、


「グローブが邪魔だろ?滑るし」俺は瑠華のロンググローブの裾をそっと捲り下ろした。


今度は瑠華が「待って」と言い、「リングが外れちゃうかもしれないので、自分でやります」と器用にグローブを下げる。


俺は喉の奥で「ふっ」と笑った。


「何ですか?」と瑠華が目を上げる。


「いや、前にもあったなーって思って。こういうシチュエーション。あれは……俺たちが最初にベッドを共にしたときだったな」


遠く近い想い出。


瑠華は白い頬を赤く染め


「忘れてください」と唇を尖らせる。


「忘れないよ」


俺は瑠華の髪にそっと触れ、優しく指で撫で梳いた。




きっとこの先、ずっとずっと―――



忘れない。