Fahrenheit -華氏- Ⅱ


あんなヤバイ取り引きが表ざたになったら、瑠華も俺も、俺の親父もただでは済まない。


でも大手沙汰になる前に二村が気付いた。


それこそが彼女らの目的だったに違いない。


問題は、瑠華は何故そんなことをしようと思ったのか―――


そして俺の仮説はあくまで想像で、確固たる証拠がない。


聞くのなら、今だ。


そう思ったが、二村があの稟議を握っている以上、ことは動き出している。


『あれは偽物でした』


と言えば、瑠華自身の信用問題に関わってくる。たとえ、どんな深い理由があったとしても―――


「啓?」


瑠華に聞かれ、俺は瑠華の体をそっと離した。


「ん?」


「陽が沈みかけているので、そろそろ戻ろうかと」


瑠華は海岸を仰ぎ見る。


俺は繋いだままになっていた手をきゅっと手繰り寄せ


「瑠華―――」





このまま―――


―――このまま二人で逃げよう




思った言葉が口に出なかった。


浅はかな考えだった。それこそ無謀なことをしている、と自覚している。そんな常識的なことを考える俺自身が嫌になった。


二人で何度も見た『ローマの休日』のように、王宮を逃げ出したアン王女のように、新聞記者のジョーのように、無防備ながら楽しく幸せに……


しかしアン王女はおとぎ話のハッピーエンドのように、身分を超えてジョーと結ばれることはなかった。


何故か?アン王女は恋愛を人生の目標にしていなかった。ジョーとの恋から若い王女はアイデンティティーに目覚め、恋愛よりもキャリアのほうを、きっぱりと選択する。


だからこそアン王女は、女性の人生において結婚以外の選択肢もあるという現代の女性をもエンパワーし続ける存在なのだ。


真咲のように、村木の娘のように―――


形や意識は違えど、根本は同じだろう。



つまり瑠華は―――逃げることを望んでいない。


闘うことにしたのだ。


俺はそっと瑠華から手を離した。


俺も―――俺も闘う。


君を守るため、君を取り戻すため



俺は逃げない。




俺は




闘う。





そして必ず勝ってみせる。