Fahrenheit -華氏- Ⅱ


―――どんなことがあろうが。


か―――……


溺れているのは俺じゃなく、もしかして瑠華の方なんじゃないか。


今もまだヴァレンタインの沼から這い上がれない。もがいてももがいても、そこから抜け出ることができない。


だからこそ、俺が手を差し伸べるべきだし、助けたいと思う。


けれど裕二が言った通り、瑠華は強い女だ。俺の手助けなしでその沼から這い上がろうとしている。





でも、やり方が間違ってるよ


瑠華





壁につけられたアナログの壁掛け時計が、23時を指した頃だった。コチッコチっと秒針の音が気になるのか、それとも隣室で裕二が居るからなのだろうか、眠ろう、眠ろうと思ってて何度身じろぎしても眠りは一向にやってこなかった。


そんなときだった。


ブーブー


マナーモードにした携帯が鳴り、俺はのろのろと手を伸ばした。


ディスプレイに


着信:♥瑠華♥


となっていて、俺は目を開いた。


どうしよう……出るべきか、出ないべきか。


そっと携帯を床に置き結局、俺は無視を決め込んだ。


初めてだった、こんなこと―――


前だったら秒で取ってたのに。


尚も鳴り続ける着信音に留守電に行くよう手を伸ばそうとして、俺はぎくりと固まった。


薄暗い部屋の中、ディスプレイだけが青白い光を放っている。それぐらいなら普通の光景だ。特に何も思わないが、


俺が固まった理由、それは携帯にそっと重なった小さな赤ん坊の手を見たからだ。


久しく見てなかったのに、何故今頃になって―――


ドクン、ドクンと鼓動が早くなる。


思わず凝視したが、着信が鳴り続ける中その小さな手は消えることがなく、着信が止むとその手はふっと消えた。


触れるのさえ恐ろしい気がして、しばらくの間ブランケットを顔まで上げてぎゅっと目を瞑っていたが、どうにも気になって、俺は床に放り投げられた携帯を手に取り、あの青白い赤ん坊の手の存在を消すように、携帯の電源を落とした。