ようやく目が覚めたって言うのかな。
俺は距離を置いて、けれど瑞野さんと手を繋いだまま
「ごめん」
小さく謝った。
「―――ごめん」
頬を冷たい何かが伝い落ちてくる。それはただの水滴ではなく、僅かに塩辛い……
思わず額に手を置き俯く。
瑞野さんの手もまた、冷たいものだった。
ごめん
何度目かの、囁きで瑞野さんが、俺の手をきゅっと握り返してきた。
「謝ることなんてないです。部長は間違ってなんかない」
それ、さっきオヤジにも言われた。
「部長が―――あたしを通して違う誰かを見てるって、もう分かってます。
その“誰か”も」
瑞野さん―――…
「だからあたし……あたしこそ間違ってます。自分を偽って、部長の想うひとの真似をして…
あたしは
偽物だから」
離れて行こうとする瑞野さんの手を俺は握り返した。瑞野さんが目を上げる。彼女の目もまた雨なのか涙なのか雫が流れていた。
「偽物じゃないよ。
君は、
君、だ―――
他の誰にもなれないし、代わりなんていない」
瑞野さんが俯いた。
「ごめ……なさ……今日はあたしここで……」
瑞野さんは目元を押さえながら、今度こそ俺から手を離すと、静かに立ち去って行った。
今度こそ、俺も追いかけなかった。
秋の雨の中、ずぶぬれになって、容赦なく俺の体温を奪っていく。
瑠華が好きだと言ってくれた俺の体温を―――
タクシーを拾い、ずぶぬれの俺を乗せた運転手は若干迷惑そうな顔をしていたものの、俺はよぽど酷い顔つきをしていたのだろう。黙って目的地まで連れて行ってくれた。
何も考えず、思いついた先が“ここ”だった。
マンションのエントランスホールで部屋の番号をプッシュする。
『はい』
中から返事が聞こえてきて
「あ、俺……」
俺が答えると、エントランスホールの扉が静かに開いた。



