Fahrenheit -華氏- Ⅱ



後に残された俺と瑞野さん。


いつもなら、このびみょーーーーな空間にどうすればいいのか戸惑うが、戸惑う気力さえ湧いてこない。


これが“投げやり”と言うものだろうか。


こうなったら俺も気さくになれる。


「女の子ならさ~、あれ好きじゃない?あれ…えっと、あの甘いやつ…オレンジ色の…」


名前が出てこない辺り、おっさんを感じる。


「オレンジの…?もしかしてカシスオレンジのことですか?」と瑞野さんに聞かれ


「そう!それっ!その名前が出てこなかったんだよね~」と笑うと、瑞野さんも笑った。


「好きです。カシスオレンジ。じゃぁそれにします」


「瑞野さんまだ何も食ってないだろ?一緒に何か食いもん頼んでいいよ」


「部長は…?」と聞かれ


「俺は……」


正直、腹は減っていない。昼にサンドイッチ一つだけ食っただけなのに。


「飲むときは基本食べないからさ~」とへらへらと笑うと


「それは危ないですよ。胃腸に負担を掛けます。何か食べてください、と言うか食べなきゃだめですよ」瑞野さんは至極真剣に身を乗り出し、いつになく訳も分からない圧を感じて


「ああ、うん……じゃぁタコワサ?」


と瑞野さんの勢いに無難なつまみを指さした。


「もっと他に胃を満たすものがいいですよ、揚げ物とか」


「揚げ物??いや、それだとビールが飲めなくなるし。胃もたれするし。どっちかって言うと刺身とか?」


「ではお刺身の盛り合わせとかいかがですか?二人でシェアすればちょうどいい感じじゃないですか?」瑞野さんがふわふわと笑う。こう言うさりげない気配りって言うの?流石秘書って感じもするが、瑠華も冷たく見えて気配り上手だ。


瑞野さんは―――


雰囲気とか、顔のパーツとか瑠華とやっぱり似ているのに、でも


似ているだけで





瑠華じゃない。




独りで居たくない、そう願った。


だから瑠華に似ている瑞野さんがタイミング良く……て言うか絶対二村が仕組んだに違いないが、居てくれて良かった…


と思いたいが、


瑞野さんと二人で居ると、一層孤独感が増した。



だって瑞野さんは―――


瑠華じゃない。



『ビールだけですか?それじゃ胃に負担が掛かります。健康管理も社会人としての常識です。しっかりと自覚してください』


ってそれはそれは冷たい言葉が返ってくるに違いないが、


瑞野さんの言葉には温かみを感じる。





でも俺は表面上のぬくもりを求めているわけじゃない。




瑠華の―――いつも言葉の裏にあるあったかい部分が



好きなんだ。




瑠華じゃないとダメなんだ。