Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「どうして瑞野さんが…?」


「あたしは、二村くんに呼び出されて…部長こそ、どうして…?」


二村―――……あいつも何を考えてやがる。


俺は眉間に皺を寄せた。それを不機嫌と捉えたのか


「あ、あの……お邪魔だったらあたし…帰ります。何かの間違えだったんですね」


と慌ててお辞儀をして立ち去ろうとする瑞野さん。


くるりと踵を返そうとしていた瑞野さんに向かって





「待ってよ」





俺は声を掛けた。


瑞野さんがゆっくりと振り返る。その振り返るときの髪の動きとか―――やっぱり瑠華と似ている、


だから似ている瑞野さんと一緒にいると、瑠華と一緒に居られる気がした。



それとも


瑠華に似ている瑞野さんじゃなくても良かったのかな。


俺は―――今、独りでいられなかった。




「一人で飲んでてもつまんないからサ、付き合ってよ。俺の奢りだから気にしないで」と言ったが「これってセクハラ、パワハラ…になんのか?」とすぐに思い直した。


「いえ、セクハラでもパワハラでもありません」


瑞野さんはきっぱりと言い切り、それは秘書としての口調だった。仕事中だったら、親父の近くにいるときはきっとこうに違いない。


「……って、すみません…あたし…何言ってるんだろ……。あの…こんなあたしでよければ…」


「男一人で居酒屋とか寂しいしね~、可愛い女の子が来てくれてちょうど良かった。何でも好きなの頼みなよ」


瑞野さんは二村に呼び出された筈なのに、俺が居て最初は戸惑っている様子だったが


俺がメニュー表を手渡すと、瑞野さんは向かい側の席に落ち着いた。


店員はまだすぐ傍で控えていて


メニュー表を開いたまま瑞野さんは


「えっと…えっと…」と慌てた様子で


「あ、じゃぁ部長と同じでビールを…」と頼むが


「無理しなくていいよ。ゆっくり選びなよ。


すみません、後からまた頼みます」


最後の言葉は店員に向けたもので、店員は「かしこまりました」と言って下がって行った。