Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「どのみちバレてることだろうし、変に取り繕う必要はありません。


それにこちらは向こうが“いけ好かない関係”を持っている事実を、手中に収めています。


カードはどちらもイーブン」


そうだけど…


「それより緑川さん、体調はいかがですか?顔色が悪い気がしますが」


瑠華は前を向いたまま背後に居る緑川に問いかけた。


「あ…はい!何とか…」


と緑川が慌てて答える。


「あの……柏木補佐…怒ってます…?」


と何故か俺にこそっと聞かれ


「さぁ、いつもあんな感じだし」と俺も同じだけ小声で返したが、瑠華にはしっかり聞こえていたみたいで


「緑川さん」


瑠華の問いかけで何故か俺までビクっと肩を震わせた。


「私は怒っていませんし、もともとこういう顔なのでお気になさらず」


「………はい…すみません、変なこと言っちゃって…」


と、珍しくしおらしい緑川。俯いたその顏に涙が浮かんでいて俺がぎょっとした。


瑠華に睨まれた(?)ぐらいで涙を流すような女じゃなかった筈だが。


ぐすっ


鼻を啜る音が聞こえたのか、ここで初めて瑠華が振り返り


「こないだ差し上げたリップ、やはりあなたにとても似合っています。


涙で流してしまったら勿体ないです」


と。


「へ――――……?」


俺だって「え!?」と思ったぐらい、その台詞はかっこいい。女にしとくのは勿体ない。


緑川が間抜けな声を挙げて、それを機に慌てて緑川はバッグをごそごそとまさぐり一枚のハンカチを取り出した。


白いハンカチで淵をたっぷり豪華なレースが縁取ってある。


「こないだお借りしていたハンカチです。ありがとうございました。


柏木補佐のハンカチっていい匂いがして、何かほっと安心します」と言ってマスカラで伸ばした睫を上下させ瑠華にハンカチを手渡す。


「お気付きですか?私の大切な人の香りです」


瑠華が優しく緑川に微笑みかけ、緑川が俺の方を見やる。




え―――………?それって……



と思っているうちに目的の階に到達し、エレベーターの扉が開くと同時に瑠華がフロアへ降り立つ。その瞬間、





「今日もステキな香りですね。


“部長”」




瑠華はこちらを振り返ることもせず、颯爽と歩いていった。


何かよくわからんけど……かっこいい。


キュン


してる場合じゃなっつうの。