Fahrenheit -華氏- Ⅱ



菅井さんとは受付のロビーで別れることになった。


「神流さん、今度また“これ”行きましょうね」


随分くだけた印象で、グラスを傾けるジェスチャーに俺の頬も緩んだ。


だ・け・ど


「素のあなたとビジネスのあなた、差があり過ぎて…こう言うのギャップって言うんですかね」


菅井さんは笑いを堪えるのを必死っと言った感じで唇を変な風に歪ませている。


やっぱ言わなかった方が良かった…


けど


「あなたについていくのが必死ですが、こんな俺で良いならば」


これは俺の完全なる本心だ。


「僕はそれ程強くないですよ。神流さんが入れてくださったボトルが美味しくて、あの時はついつい呑み過ぎちゃっただけです」


菅井さんはちょっとはにかむ。


菅井さんは―――やはり瑠華と似通った所がある。


仮面を取った後、とても穏やかで温かな―――感情が溢れている。


「では、良いお返事を期待しています」


俺は再びビジネス口調になって言うと


「はい。良いお取引が出来ること、願っています」


菅井さんも言い、彼は腰を折り俺を見送ってくれた。



―――


―――――


何だかとてもいい気分になって、まるでスキップしたい気持ちで社に戻るところ、会社の正面玄関口で一台の高級クラウンの前、



瑞野さん―――…と、誰だ?親父よりちょっと上と言った感じの年齢の紳士風情が背筋もよく立っていて、二人は何かを交換するようなやり取りをしていた。瑞野さんが持ったこげ茶の紙袋から、彼女はその何かを取り出し…盗み見るつもりもなかったが、ちょっと気になってじっと見ていると、そこには透明のセロファンの袋に入ったテディベア…?の耳みたいなものが見えて瑞野さんは砂糖の様に甘い笑顔。


帰る…にはまだ早い時間帯だが瑞野さんはバッグと、腕には薄手のコートが掛けられてて、紳士が車内へと促す。


ちょ…!ちょっと待って!


それってヤバいやつじゃん!?


瑞野さんが連れていかれる!


俺はダッシュで彼らに近づき


「瑞野さん!」ほとんど車に乗りこもうとしていた瑞野さんが俺の声にびくりと肩を揺らした。


「……神流部長…」


「約束してた打ち合わせ、もうすぐだよ。忘れちゃったの?」俺が瑞野さんの腕をやや強引に引き寄せると


「会議?」と瑞野さんは目をまばたく。


「それよりこちらの人は?」と俺は紳士に目を向けると、虚を突かれたように彼は目を開き


「あ、!こ、この方は、港支社の時にお世話になっていた神来社支社長です」


“からいとししゃちょう”


“からいと”が上手く変換できなかったが………


マジかよ……


くらり、俺は眩暈を覚えた。